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大師が教え導くのに値する人を探そうとするとき―⑤

大師が教え導くのに値する人々を探す際に着目する三つの要素のお話の5回目。

最終回の今日は、三つめの要素について。

では、まいります!



アリス・ベイリー著『ホワイトマジック 上』、222- 229頁より。

教え導くのに値する人々を探そうとするとき、大師はまず次の三つのものを探す。これらがなければ、どれほど献身や熱誠が強く、生活と生活様式が純潔であっても不十分である。すべての熱誠家はこの三つの要素を理解し、多くのマインドの苦悩と無駄な行動を省くことが必要不可欠である。


 1 大師は頭部内の光を探す。

 2 大師は熱誠家のカルマを調べる。

 3 大師は熱誠家が世の中で行う奉仕に着目する。


三つの要素は上記の通りです。

一番目の要素について:大師が教え導くのに値する人を探そうとするときー①

二番目の要素に内在する三つの原因について:

大師が教え導くのに値する人を探そうとするときー②

大師が教え導くのに値する人を探そうとするときー③ 8

大師が教え導くのに値する人を探そうとするときー④

 

 第三の要素、つまり大師が求める奉仕という要素に関して、熱誠家が言うべきことはほとんどない。それは非常に誤解される恐れがある要素である。霊的な野心、グループの中心として働きたいという願望、自分が話し、教え、講演し、書いたりすることに耳を傾けてほしいという切望が奉仕であると、熱誠家はしばしば誤って解釈する。大師は働き手の世俗での権威とか地位、彼のパーソナリティーの周囲に集まる人々の数に注目するのではなく、彼を活動へと駆り立てる動機と仲間に与える影響力に注目する。真の奉仕とは、愛するハートと知的なマインドの自然な流出である。それは正しい位置にいて、そこにとどまることによる結果である。それは霊的なフォースの必然的な流入によって生まれるのであって、物質界での忙しい活動によって生まれるのではない。それは、その人が真にその人であるもの、つまり神聖な神の子である結果であって、彼の言葉と行為による故意の結果によるものではない。真の奉仕者は、主張や声高らかな演説によってではなく、彼の生命フォースと霊化されたパーソナリティーによって、奉仕し援助することを彼の義務とする人々を自らの周囲に集める。彼は自己を忘れて奉仕し、自己を放棄して地上を歩む。自分が成し遂げた達成の偉大さや失敗について語ることはなく、自分の価値や有益性についての先入観を抱くこともない。彼は分離した自我のためには何も求めずに、生活し、奉仕し、働き、影響を与える。

 内的な光の目覚めとカルマ的な義務が調整された結果として、一人の人物の生活がこのようなものになったのを大師が見るとき、大師は一つの音色を響かせて待ち、その人が自分自身のグループに音色を認識できるかどうかを見る。これを認識したとき、彼は同僚の働き手たちのグループへの加入が認められ、彼の大師の面前に立つことができる。



自分で自分を救済し、その過程で強靭で揺らぐことのない軸をたて、純化していく。

いずれ内的な光に目覚め、カルマ的な義務も調整し、ただひたすらに生活し、奉仕し、働き、時空が満ちれば帰霊する。

だから今日も、新たな一歩を。



さぁ、今日も空を見上げてまいりましょう!




みなさん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!


#Boode風

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