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執筆者の写真Boo de 風

別れの縁、出会いの縁。10月10日

更新日:2022年10月10日


みなさんはマノマノさんをご存知でしょうか?

SNSのタイムラインに流れてきた投稿を目にし、フアンになりました。

今日は、マノマノさんの言葉をお借りして、記事を書いていこうと思います。


マノマノさんTwitter 9月3日のツイートより

何度も言います。去って行った人に執着しないこと。別れるために出会いがあるし、出会うために別れがあります。互いが互いを縛り合う関係は健全ではないし長続きしない。不安定な関係を維持しようとするより、これから新たな出会いが待っていると思うこと。出会いが縁なら、別れも縁です。



このマノマノさんのお話は、まさに我が家のうさ娘、羽入と私のご縁そのものを表現してくれているような…そんな内容で、思わず書き留めてしまいました。


彼女が我が家にやってきたのはちょうど10年前の10月のこと。

ちょっと前にまる10年を迎え、彼女も今年の新緑の季節に10歳になったので、10月10日の今日、この記事をアップしてみようかと思いました。10101010に特別な意味はないのですがね。


前回の記事で、事情があって羽入をお迎えしたということに少しばかりふれました。

そうなのです。

私にとっては非常に重大な事情、それは長男との死別です。

10年前の初夏、長男がこの世を去りました。

その何か月か前に、突然うさぎを飼いたいと言い出し、それが肉体と精神の希望に繋がるならば…と思い、快諾。

彼はハッキリとしない頭で、うさぎの種類と色と性別を考えていました。

名前の候補については私とふたりで軽く話したのを覚えています。

結局、我が家にうさぎさんをお迎えするよりも先に彼が旅立ってしまい、生前に希望を叶えてあげることはできませんでした。

その夏は、私自身がどうやって生きていたのか、断片しか覚えていません。

しかし、四十九日の法要の帰り、お墓のすぐ近くにオープンしたての「うさぎのしっぽ」をみつけ、これはもう、ここでうさぎさんをお迎えするしかない!と強く思いました。

それからは、まだ見ぬ「うさぎさん」が私が生きる上での原動力そのものでした。

当時、うさぎさんに関する知識はこれっぽっちもなく、ただひたすらに、今からでもなんとか彼の希望を叶えるんだという思いだけで動いていたのだと思います。


その後、思い立って立ち寄った「うさぎのしっぽ」でひと目ぼれしたのが、生後3か月のブラックオターのネザーランドドワーフ。女の子でした。

ネザーランドドワーフという種類は、息子が選んでいたもので私の頭にもありました。

しかし、ブラックオターにいたっては、それ、なんですかぁ?という感じ。

オター?オターって?オタオタ。あれれ…。

たしか、グレー系か茶系のうさぎさんが良いって言ってたけど。

でも私、この子から目が離せない…。

ということで、結局、その女の子をお迎えすることに。



種別・・・ネザーランドドワーフ!OK

性別・・・女の子!OK

色 ・・・ブラックオター!!NG→ まっ、このくらいはお母さんの意向もいれてね。

名前・・・彼が候補に挙げたいくつかの中で一番目の「羽入(はにゅう)」!OK



こうして、私たち人間家族と羽入の生活がスタートしたのでした。

目の中に入れても痛くない、可愛い可愛い羽入と出会うプロセスで、大切な大切な息子を手放す経験が私には必要だったわけです。

マノマノさんの言葉に照らし合わせると、息子と別れるために羽入との出会いがあり、羽入と出会うために息子との別れがあった、ということです。


なんともアンビバレントな・・・。


ほかに表現のしようがありません。

しかし、出会いが縁なら、別れも縁。これは真なり。

この言葉をかみしめて生きてきた10年のように思います。

彼は、肉体を離れてもその先に進む道はあり、それは長くどこまでも長く続いているわけです。

だから母親の私は、後ろを振り返り、心配をかけることで彼の行くべき道を遮ることはできない。

いつまでも立ち上がれずにいるよりも、しっかりと自分の人生を生ききることで、彼への思いを表現しよう。

好物を作ってあげることもできない。

話を聞いてあげることもできない。

一緒に美しい景色を愛でることもできない。

この物理的世界で、もう私は彼に何もしてあげられないわけです。

そんな母親が唯一できるのは、自分が自分を生き直すことで彼の足を引っ張らないこと。

これしかしてあげられないのだったら、しない選択はありません。

私が果てた後、「母さん、頑張ったね。母さんが頑張っていたから、俺も行くべき道を歩けたよ。」そんなふうに思ってもらえたら母親冥利に尽きる。

その気持ちの切り替えに、ひとり娘としてやってきてくれたのが羽入なのです。


息子との死別に起因するグリーフは決してなくなりません。

しかし、そのグリーフを両手で抱えて大切に育てていくその先に、気づいたら目に映る景色が変わっている…そんなこともありましょう。

だから、みなさん。

たくさんたくさん、そしてたくさん泣いた後は、なんとか立ち上がり、空を見上げて次の一歩を。

よれよれの一歩でも、いいじゃないですか。



羽入をお迎えして、初めて撮影した1枚。





みなさん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!


     

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